※法的内容について記述した記事です。内容の正確性には注意していますが保証できません。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。
昨今社会を大きく揺るがしている「新型コロナウイルスの感染拡大」に起因し、建設業が究極の選択を迫られている…という話です。
- 大前提 - 建設業が提供する付加価値の源泉
- 大前提 - 民法上の請負契約が持つ性質
- 建設業特有の前提 - 長期かつ巨額のプロジェクト
- 「プロジェクトの完成」が「従業員の安全」と天秤にかけられる理由
- 結び - 建設業、究極の選択を迫られる
- 関連リンク
大前提 - 建設業が提供する付加価値の源泉
建設業が提供する付加価値の源泉は、突き詰めていくと「職人の労務提供」ということになります。 しかも、建設業は「現地における一品生産」となることが避けられない事業なので、職人が労務提供を行うのは現地でなければなりません。新型コロナウイルスのような感染症リスクがある状況であっても、建設業として付加価値を創出するためには、職人は工事現場に出勤して作業を行わなければならないのです。
大前提 - 民法上の請負契約が持つ性質
建設業は、民法上の請負契約(建設業法上の「建設工事請負契約」とは異なります)に立脚して成り立つ事業です。民法上の請負契約には、以下のような性質があります。
プロジェクトの完成は報酬を得る必要条件である
民法上の請負契約は、「請負人が仕事を完成し、その完成した仕事に対して報酬を支払う契約」とされています。受注者にとって、プロジェクトの完成は、報酬を得るための必要条件です。
その一方で、プロジェクトの完成のために必要な支出は、報酬を得るより前に発生することになります。詳しくは後述しますが、建設業はこの「プロジェクトの完成のために必要な支出」が巨大になることが大きな特徴です。
契約期間内にプロジェクトを完成させる義務がある
民法上の請負契約には、受注者に「契約期間内にプロジェクトを完成させる義務」が発生します。契約期間内にプロジェクトを完成させることができなければ、それは「債務不履行」となり、違約金や遅延賠償といった請求権が発注者側に発生することになるのです。
債務不履行に対する責任については、債務者に帰責事由がなければ免除されます。しかしながら、「債務者に帰責事由がないこと」の証明は、債務者側が行わなければなりません。不可抗力によるプロジェクトの遅延であっても、債務者に追加負担が発生することは避けられないのです。
建設業特有の前提 - 長期かつ巨額のプロジェクト
民法上の請負契約に立脚する事業の中でも、建設業というのは、契約成立から完成までに長い期間を要することで知られる事業です。複数の会計期間にわたる長期のプロジェクトも少なくないため、会計に関するルールも独自性が強く、「建設業簿記」という簿記分野が存在するほどです。
民法上の請負契約に立脚する事業の中でも、建設業というのは、1つのプロジェクトで動く金額が大きいことで知られる事業です。「民法上の請負契約に立脚する事業」というのは、一般に巨大企業が生まれづらい事業形態ですが、建設業は巨額のプロジェクトが多数存在するため、例外的な巨大企業1が少なからず存在します。
「プロジェクトの完成」が「従業員の安全」と天秤にかけられる理由
ここまで見てきたような理由により、建設業においては、以下のような実態が存在することになります。
- プロジェクトを契約期間内に完成させなければ、これまでプロジェクトに積み上げてきた費用をペイできない
- プロジェクトが長期にわたり、完成に至るまでの支出も巨額なので、プロジェクトを契約期間内に完成させられなければ事業者の経営体力は失われていく
「費用」というのは人件費も含めてなので、「プロジェクトを契約期間内に完成させなければ、プロジェクトに従事した者の人件費もペイできない」「プロジェクトを契約期間内に完成させなければ、プロジェクトに従事した者の将来の雇用を守れなくなる」ということになるのです。
「新型コロナウイルスの感染拡大」という状況の中で、「現時点における従業員の安全・健康」を守るためには、「工事中止・現場事務所の閉所」が最善の選択であることは間違いありません。しかしながら、建設業という事業の特性上、「工事中止・現場事務所の閉所」という選択は、事業の将来に大きなダメージを与える選択となってしまうのです。
さらに、実際に現場で労務提供を行う職人は、多くが中小零細規模の事業者の従業員、あるいは「一人親方等」と呼ばれる中小零細規模の事業主です。これら中小零細規模の事業者は、手掛けているプロジェクトが1つ吹っ飛べば、途端に事業そのものが飛ぶような脆弱な経営体質であることが一般的です。清水建設のような大手元請けが「工事中止・現場事務所の閉所」を行った場合、真っ先に路頭に迷うことになるのは、このような立場の人たちなのです。
結び - 建設業、究極の選択を迫られる
現時点における従業員の安全・健康を守るために、末端の職人を路頭に迷わせかねない決断を行うのか。それとも、建設業さらにはその従事者の取り分を守るために、現時点における従業員の安全・健康を犠牲にする決断を行うのか。というわけで、「建設業、究極の選択を迫られる」ということになるのです。