通信建設のうち線路系の作業現場においては、特有の危険性として「張力の内側」という概念に頻繁に言及されます。一方で、「張力の内側」という概念への言及がなされるのは、ほぼ通信建設、それも線路系の作業現場に限られます。「張力の内側」は、一般には知られていない種類の危険性ではありますが、死亡や重度後遺障害といった重大な現場災害につながる危険性です。
「張力の内側」とは
「張力の内側」とは、通信建設のうち線路系の作業現場に特有の、重大な労働災害の原因となる危険性の一種です。
「張力の内側」という危険性が発生するのは、「三段梯子を吊り線やSSケーブル1に掛け、当該吊り線またはSSケーブルに分線金物で固定された引込線を撤去する」という工程です。架空電気通信線路における吊り線やSSケーブルは、電柱間を渡して高所に架けられているものであるため、「引込線の撤去」は必然的に高所作業2となります。
具体的には、以下のようなプロセスによって「張力の内側」という危険性が発生します。
- 引込線が固定された吊り線やSSケーブルには、引込線の方向に向かって張力が常時かかっている
- 近くに引込線が固定されている吊り線・SSケーブルに、引込線が伸びている側から三段梯子を掛けると、吊り線・SSケーブルに対し、既にかかっている張力と同じ方向の力がかかる
↓分線金物の例 e431.jp
場所としての「張力の内側」は、「近くに引込線が固定されている吊り線・SSケーブルにおける、引込線が伸びている側」を指します。「引込線撤去作業の際には、張力の内側に三段梯子を掛けて作業してはならない」というような使い方がされます。
「張力の内側」は、通信建設のうち線路系の作業現場においては非常に一般的な概念です。情報通信エンジニアリング協会「安全の鉄則」においても、「鉄則第九条…『梯子作業』の鉄則(張力に関わる作業) 」にて言及がなされています。
「張力の内側」の危険性
「張力の内側」に三段梯子を掛けて引込線を切断する3と、三段梯子が掛かっている吊り線・SSケーブルに対し、引込線があったのと逆の方向に、瞬間的に大きな力がかかります。力がかかる方向が一瞬で大きく変化するため、梯子上で作業をしている人はほぼ間違いなく墜落・転落となります。災害類型が「墜落・転落」であるゆえ、死亡や重度後遺障害といった重大な現場災害につながる危険性は非常に高いです。
↓NTTテクノクロス「VR安全意識向上サービス:引込線撤去作業」 www.youtube.com
「張力の内側」はなぜ一般に知られていないか
「張力の内側」が問題になるような張力は、「空中に張り巡らされた線路から家屋に向かって引込線を伸ばす」という工程によって発生します。そもそも「空中に張り巡らされた線路から家屋に向かって引込線を伸ばす」という工程自体が、有線電気通信設備工事、あるいは電力設備工事に固有の工程です。「張力の内側」が一般に知られていないのも当然と言えるでしょう。引用符付きの「"張力の内側"」でGoogle検索すると、(2023年11月23日時点で)検索結果が約2件しか出てきません。
「張力の内側」に起因する現場災害をなくすために
「張力の内側」に起因する現場災害をなくすための対策は、「撤去する引込線を吊り線やSSケーブルから外す工程は、引込線に起因する張力が吊り線・SSケーブルにかかっていない状態にしてから行う」ということに尽きます。具体的には、以下のような事柄を対策として挙げることができます。
- 引込線を撤去する際は、家屋側から順に固定を解除する
- 吊り線・SSケーブルから引込線を外す場合は、可能な限り高所作業車を使用する
- 吊り線・SSケーブルから引込線を外すために三段梯子を使用する際は、引込線が伸びている側と反対の側から三段梯子を掛ける
- 吊り線・SSケーブルから引込線を外す際には、引込線に張力がかかっていないことを確認してから外す
- 万が一の際の最後の防衛線として、昇降用転落防止器具を正しく使用する