today::エンジニアに憧れる非エンジニア

今のところは、エンジニアとは言えないところの職種です。しかしエンジニア的なものの考え方に興味津津。

日本でこそ実現できる、新たな職業社会のあり方

導入

business.nikkei.com

日経ビジネス電子版の記事「RPAの進化で変わる価値観とキャリア設計」において、海老原嗣生氏は、「RPAの活用により実現しうる職業社会のあり方」について、以下のように記述しています。

1つの仕事に習熟するのに時間がかかる社会だと、なかなか他の職には移れません。その分今までは、熟練に対し敬意が払われ、それに釣り合う対価も用意されていました。こうした現在ある常識的な価値観が、RPAによって崩れていくのです。誰でも好きな仕事に簡単に就け、いやなら辞めてしまう、という真新しいキャリア観が広まるでしょう。

私としては、「非ホワイトカラー業務の多くが短期間で習得可能」「誰でも好きな仕事に簡単に就け、いやなら辞めてしまう」といった職業社会のあり方は、先進国の中では日本でこそ容易に実現できるものであると考えています。なぜなら、クラフトギルドの伝統が存在する欧米諸先進国に対し、日本にはクラフトギルドの伝統が欠如しているからです。

クラフトギルドとその性質

クラフトギルドは、中世から近世のヨーロッパで発達した職人組合の一形態を指します。クラフトギルドの大きな特徴として、「職種自治を強く志向する性質」「職種間の移動障壁を高く保とうとする性質」が挙げられます。

「職種自治」というのは、具体的には「職業活動の規則や基準を策定し、品質の保持や商業活動の監督を職人組合の責任で行うことにより、当該職種の利益を守る」という営みを指します。こうした営みにより、職人組合に属する職人の技術水準や職業尊厳が保たれ、外部の競争者による不正競争が排除されてきました。

一方で、クラフトギルドは、「内部者の利益を守り、競争を制限するために、新規の参入を制限・排除する」という志向も強く有していました。「新規参入の制限・排除」を行うための具体的な施策としては、「ギルド入会費の請求」「熟練度の証明の要求」が挙げられます。「新規参入の制限・排除」というのは、「職種間の移動障壁を高く保つための営み」とも言えます。

日本におけるクラフトギルドの伝統の欠如と、その帰結としての日本の職業社会の性質

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二村一夫氏は、日本の職業社会の歴史的性質として「クラフト・ユニオニズムの伝統が存在しなかった、あるいはきわめて微弱であった」と言及しています。クラフトギルドの伝統が欠如していることによる職業社会のの帰結としては、「労働者の職種間移動が柔軟に行われること」「労働者組織が企業別に形成されること」「労働者が技術革新と専門化を積極的に受け入れること」が挙げられます。

クラフトギルドの伝統がある社会では、職種ごとに専門的な知識や技術が守られるため、職種をまたいだ労働者の移動に高い障壁が存在するケースが少なくありません。一方で、日本の職業社会においては、職種をまたいだ労働者の移動に対する抵抗は一般に少なく、職種をまたいだ労働者の移動が障壁なく行われています。

クラフトギルドの伝統がある社会では、一般に労働者の組織化は職種別に行われます。一方で、日本の職業社会においては、「企業別労働組合」に代表されるように、労働者の組織化が企業別に行われるのが一般的です。後述する「労働者が技術革新と専門化を積極的に受け入れること」という性質は、「労働者の組織化が企業別に行われ、企業が競争力を失うシナリオを労働者も恐れること」も成因の一つです。

クラフトギルドの伝統がある社会では、労働者組織は一般に「一つの技術や職種を維持・保護すること」を強く志向し、技術革新と専門化に対しては一般に抵抗勢力となります。一方で、日本においては、労働者組織が技術革新と専門化に対する抵抗勢力とはならず、むしろ技術革新と専門化を積極的に推し進める勢力となります。「企業が競争力を失うシナリオを労働者も恐れる」というのが主な理由です。

日本でこそ実現できる、新たな職業社会のあり方

海老原嗣生氏が日経ビジネス電子版の記事「RPAの進化で変わる価値観とキャリア設計」で示した「非ホワイトカラー業務の多くが短期間で習得可能」「誰でも好きな仕事に簡単に就け、いやなら辞めてしまう」といった職業社会のあり方は、「あらゆる職業が非熟練職化し、職種間の移動障壁が存在しない職業社会」と言えます。

クラフトギルドの性質は、「あらゆる職業が非熟練職化し、職種間の移動障壁が存在しない職業社会」とは相容れないものです。クラフトギルドの伝統を持つ社会においては、クラフトギルドの流れをくむ勢力が、「あらゆる職業が非熟練職化し、職種間の移動障壁が存在しない職業社会」の出現を阻止するために頑強な抵抗を行う勢力となることは避けられません。

一方で、日本の職業社会にはクラフトギルドの伝統が欠如しており、「あらゆる職業が非熟練職化し、職種間の移動障壁が存在しない職業社会」の実現に対する抵抗勢力は存在しないと言えます。ゆえに、海老原嗣生氏が日経ビジネス電子版の記事「RPAの進化で変わる価値観とキャリア設計」で示した職業社会のあり方は、日本でこそ実現可能な職業社会のあり方と言えるわけなのです。